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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2079号 判決 1960年11月10日

控訴人(原告) 篠原大二 外七名

被控訴人(被告) 静岡市農業委員会・静岡県知事

原審 静岡地方昭和三三年(行)第九号(例集一〇巻七号121参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人静岡市農業委員会が原判決添付目録記載の各土地(以下本件土地という)について昭和二十三年九月九日に樹立した農地買収計画は無効であることを確認する。被控訴人静岡県知事が右土地について昭和二十三年十月二日附買収令書の交付によつてなした買収処分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする」との判決を求めた。

被控訴代理人等はそれぞれ主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の陳述した事実上並びに法律上の主張は、左記主張を附加するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

控訴代理人は次のとおり述べた。

一、本件買収計画の無効原因について次の事由を補足する。すなわち、控訴人等の先代亡篠原幹三郎は本件土地の小作人である訴外稲葉平治に対しても、また農業委員会(同関係者)に対しても、本件土地を旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三条第五項第七号により買収することの承諾若は申出をしたことがなく、また買収計画樹立の全過程を通じて、関係行政庁により本件土地を同法条項によつて買収する旨の意思決定、およびその表示行為がなされた事実も全然ない、従て右法条項に基いてなされた買収計画は実体上形式上のいずれの面においても無効である。

二、被控訴人知事のなした買収処分には次のような無効原因が存在する。

(い)  自創法上買収令書は同法第九条により都道府県知事が、同法第八条の規定による承認があつた買収計画につき発行交付されなければならないところ、本件買収令書は自創法第三条第五項第七号による認定買収の計画として、これについて同法第八条による承認を得ていないのに、発行せられたものである。従て右は同法第九条の規定上無効な買収令書というべきである。

(ろ)  本件買収令書は自創法第九条但書の規定により交付に代る公告の方法によつてなされたが、右買収令書は篠原幹三郎によつてその受領を拒否されたもので、同条但書にいう「農地の所有者が知れないとき」にも、また「その他令書を交付することができないとき」のいずれにも該当しない。しかも所有者より右令書の効力について手続上疑義がある旨の申出がなされているのに拘らず、漫然交付に代る公告によつて本件土地を買収したのは、同法第九条但書および第八条に違反した甚しい法規違反と手続の過誤のある無効な買収処分というべきである。

被控訴人等の代理人は次のとおり述べた。

一、控訴人等が当審においてなした買収処分の無効原因についての主張は本件の準備手続において提出されなかつたものであるから民事訴訟法第二百五十五条により却下せらるべきものである。

二、控訴人等の当審での主張事実のうち、本件買収計画樹立の手続過程において形式上買収の関係法条が明記されなかつたことは争わないが、その余の主張はすべて否認する。

(証拠省略)

理由

一、先づ被控訴人静岡市農業委員会に対する訴の適否について考えてみるに、自創法による農地の買収処分は、市町村農業委員会の買収計画の樹立に始まり都道府県知事の買収令書の交付によつて完結する一連の行政庁の行為の結果によつて所期の法律効果が完成するものであつて、右買収計画および買収令書の交付行為についてはそれぞれ独立して抗告訴訟を提起することが認められており、行政処分無効確認の訴についてもこれと同様に解される。しかしこのような一連の手続行為中の各段階の行為に対して独立して出訴が許される場合でも、同時に数個の行為に対し行政訴訟を提起することが許されるか否かは、訴の利益との関係において問題がある。本件では控訴人等は買収計画に存在する瑕疵と買収令書の交付行為に存する瑕疵とを理由として農業委員会のなした買収計画および買収令書の交付による知事の買収処分の無効確認を同時に求めているのであるが、上記のように知事のなす買収処分は市町村農業委員会のなした買収計画を前提として、これに基いてなされるのであるから、右買収計画についての瑕疵は買収処分に承継さるべきものであつて、右の事由に基いてなされた買収処分無効確認の判決は、行政事件訴訟特例法第一条第十二条により関係行政庁である市町村農業委員会を拘束するものと解すべきである。そして農地買収処分のように一連の行為の結合によつて法律効果が完成する行政処分において、その処分の効力を争うには、最終段階の行為についてなすことが、紛争の抜本的解決をなし得る点からみて最も適当であると解する。よつて、一方において、知事のなした買収処分の無効確認を求めている以上これと同時に全く同一の違法事由を主張して、その先行処分である市町村農業委員会の立てた買収計画の無効確認を求めるのは、訴の利益を缺くものというべきである。

二、次に、被控訴人等は控訴人等が当審においてなした買収処分の無効原因の主張は、本件の準備手続において提出されなかつたものであるから却下すべきものであると主張するけれども、右控訴人等の主張は当審での第一回口頭弁論期日においてなされたものであつて、これについて審理するも、控訴人等の第一審からなしていた主張について審理する点からして本件訴訟を著しく遅滞せしめるものとは認められないから、右被控訴人等の主張は採用しない。

三、静岡市豊田地区農地委員会が昭和二十三年九月九日自創法第六条により本件農地を含む農地買収計画を樹立し、被控訴人知事が右買収計画に基き本件農地について、買収の時期を同年十月二日と定めた同日附買収令書を、昭和二十四年四月ごろ控訴人に交付して買収処分をしたことは当事者間に争がない。よつて控訴人が右買収処分は無効であると主張する事由について逐次判断する。

(1)  控訴人等は、農地の買収計画を立てるにあたつては、自創法第三条所定の事由に照らしどの農地をどのような理由によつて買収するかを個別的に審議すべきであるのに、豊田地区農地委員会は右のような審議をなさず、本件農地を他の農地と一括して買収計画を樹立し、しかも計画樹立の過程において、本件農地を自創法第三条第五項第七号によつて買収する旨の意思決定およびその表示をした事実がないから、本件農地についてなされた買収計画樹立の手続は違法であると主張するけれども、自創法は買収計画を立てるについてなすべき農業委員会の審議の方式については何ら規定するところがなく、また計画樹立の過程においてその買収の根拠法条を明示することを要求していないから、法律上当然に買収すべき農地と認定により買収すべき農地とを一括して審議し、また、買収計画書、公告等にその買収の根拠法条を明示しなかつたとしても、それだけではその手続を違法とすることはできない。しかも本件農地が自創法第三条第五項第七号所定の要件を具備し、豊田地区農地委員会は右法条に基いて、買収計画を樹立したものであることは後記認定のとおりであるから、控訴人の右主張は理由がない。

(2)  控訴人等は、本件農地は在村地主の所有する保有限度内の小作地であるから買収される理由がないと主張し、右事実は当事者間に争がないけれども、各その成立について争のない乙第一号証の一、二原審並びに当審証人矢沢清一、同稲葉平治、および原審証人川口常太郎の各証言を綜合すると、本件農地は訴外稲葉平治が昭和二十年頃から他の二筆の農地とともに所有者である控訴人等の先代亡篠原幹三郎から賃借耕作していたものであるが、右平治は本件土地の解放を受けることを希望しており、昭和二十三年八月頃豊田地区農地委員会の意見を聴いたうえ、幹三郎に懇請して買収申出の承諾を得、右農地委員会備付の農地買取申込用紙に幹三郎の記名押印を受けてこれを同農地委員会に提出し、同委員会は右買収申込書に基いて本件農地を自創法第三条第五項第七号該当の農地と認定して買収計画を樹立したものであることが認められ、原審での控訴人本人篠原ろく並びに原審並びに当審での控訴人本人篠原大二各本人尋問の結果は前掲各証拠に照らして信用することができず他に右認定を左右すべき証拠はない。それならば自創法第三条第五項第七号該当の土地は在村地主の土地であると、地主の保有限度内の土地であるとに拘りなく買収することができるのであるから、控訴人等の右主張も理由がない。

(3)  控訴人等は本件買収令書は自創法第三条第五項第七号による認定買収の計画として同法第八条による承認を得ていないから違法であると主張するけれども、各その成立に争のない甲第三十五号証の一、二同第三十六号証の一ないし五、同第三十七号の一ないし三によれば本件農地の買収計画が昭和二十三年十月一日に静岡県農地委員会の承認を受けていることが認められるのであつて、右承認の手続についても一々買収の根拠法条を示してなすことを必要としないことはさきの説明と同様に解すべきであるから、本主張も理由がない。

(4)  最後に控訴人等は本件買収令書を交付に代る公告の方法によつてなしたことは違法であると主張するけれども、原審および当審証人矢沢清一の証言によれば、豊田地区農地委員会は本件土地の所有者篠原幹三郎に対し本件買収令書の受領方を通知し、さらに数回に亘つてその受領方を促したが、同人はその受領を拒絶し(受領を拒絶した事実は当事者間に争がない)たので、同農地委員会は自創法第九条第一項但書の規定により交付に代る公告の手続をしたものであることが認められる。この点に関する原審並びに当審での控訴人篠原大二本人尋問の結果は、上記各証言に照し合わせて信用し難い。右事実並びに本件口頭弁論の全趣旨によれば、篠原幹三郎は令書の受領を拒否し、且つ、その意思を堅持していたものと認められるのでこのような場合は自創法第九条第一項但書にいわゆる「令書を交付することのできないとき」にあたるものと解するのが相当であるから、本件買収令書の交付手続には控訴人等主張のような違法はない。

四、以上の認定によれば控訴人等の被控訴人静岡市農業委員会に対する買収計画無効確認の訴は不適法として、また被控訴人静岡県知事に対する買収処分無効確認の請求は失当としていずれも排斥を免れず、これと結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第一項によりこれを棄却することとして、控訴費用の負担については同法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)

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